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日常に潜む疑似科学的なことをメインに食指の動く方にのらりくらりと書いていく雑記です。
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hadoさんの科学的でなくても証明はできる@Love&Thanksを読みました。
ええ、昔からよく拝見させていただいているブログです。

何か違和感があるのだけど論理的に突っ込めないので感想文みたいになって申し訳ないのですが書いておきます。

まず、何かを証明するのに必ずしも科学は必要ありません。
しかし科学において証明は必ず必要です。
hadoさんはこれらを混同しているように見受けられます。
事件における現場不在証明と過去生(前世)とでは求められている証明の性質もレベルも違います。
それらをいっしょくたに語ってはダメでしょう。
過去生の証明に関しては明らかに科学の領域に入っています。科学の領域に入っているものは科学的な証明をしなければ認められません。
いえ、他にも方法はあります。
科学的な記述を一切行わないことです。
この二つ以外の選択はありません。
なぜなら、科学的でない根拠をもって証明し科学的であると主張するのはルール違反ですし、科学的な根拠をもって証明して科学的でないと主張する人は普通はいません。

これを図に表すと以下のようになります。

根拠\主張 科学的である 科学的でない
科学的である A B
科学的でない C D
科学的でないとは科学的である必要はないという意味で、科学的であってはいけないという意味ではもちろんありません。

A:科学的な証明
B:一般的に行われない。科学的な根拠を提示したら普通は科学的な主張(A)をする
C:邪道。一般的に疑似科学といわれる
D:一般的な証明

ちなみに誤解を与えかねないので書いておきますがAはDに含まれます。
しかしAとDでは求められている性質(科学的)も違うしレベル(精度)も違います。
Dのレベルが求められるもの対してAのレベルの証明を行ってみせるのは証明として十分であっても、Aのレベルが求められるものに対してDのレベルの証明を行う(いわゆるC)だけでは証明として不十分です。
過去生に求められる証明のレベルはAだと考えています。
そして現段階ではある事実が提示されていると認めることはできても証明できているとまでは言えないと思っています。


他にも、科学的でないから根拠がないと言ってるのではなく(科学的)根拠がないから科学的でないと言ってるんだ、とか原理はわからなくてもいい、とかありますがそのへんは私の違和感の正体ではないので今回は言及しません。
原理はわからなくてもいい、について批判をするのならば「いかにして問題」に逃げないこと@Skepticism is beautifulが良いと思います。私も「いかにして?」と聞くことがあります。とても簡単なのですよね(苦笑)ただ、最近はそこだけにこだわらないように気をつけています。「いかにして?」という問いは相手を負かすことには有効でも理解を深めるためには有効じゃない場合が多いからです。

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