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日常に潜む疑似科学的なことをメインに食指の動く方にのらりくらりと書いていく雑記です。
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今日たまたま二つの記事を読みました。

駆け出し研究者が科学のために立ち上がる方法のガイド 幻想随想

ニセ科学批判とはなにか? よそ行きの妄想

私はたぶん、chnpkさんの定義では<「ニセ科学批判」のユーザー>ということになるのだろうけど、別に私は「知的な気分を味わいたい」わけでも『「進んだ」科学技術や学問を「遅れた」地域にもたらし「劣った」人びとを啓蒙』したいわけでもない。
科学でないものを科学として扱うな、科学の信用性を損なう真似をするな、間違ったものを正しいように見せかけるな、と言いたいだけ。

我々はニセ科学的な主張が市民の恐れにつけこみ、彼らを欺き誤解させる科学の俗説を広げる様にうんざりしています。我々は一般人がニセ科学的な主張に基づ く製品や活動によって惑わされることは間違っていると思います。我々の科学的な研究がピラ・レビューを通して責任を負わされるのに対し、なぜこれらの主張 は同様の厳しさを持ってテストされないのでしょうか?
特にこれまで質問されてこなかった質問に対する答えを要求することで、我々はニセ科学のより詳細な調査を行い、誤った情報を公開し、責任者に釈明を求めることを奨励します。

駆け出し研究者が科学のために立ち上がる方法のガイド 幻想随想











黒影さんがこの一文に賛同したように私も深く賛同する。

私は、コピペよりはちゃんと自分で理解して説明した方がいいと思っている人間だけど、コピペでもしないよりはマシだと思っている。それがそのときの自分にできる精一杯だったらしないよりはマシなんじゃないかな。誰でも最初は完璧ではなくて、間違えながら成長していくんだと思う。

あくまで私の印象論なのだけど、
正直、ニセ科学批判周辺ってのは敷居が高くてとても入りづらい感じがする。
なんかまずコメントの質が違っていて、一般人が安易に踏み込むと痛い目を見るぞという感じがする。
なんだろう、オールラウンドプレイヤーじゃなきゃダメ、みたいなそんなイメージかな。
ずっと見ていると決してそんなことはなくて、論者によって得手不得手があって、決して間違えない完璧な人たちかというとそうでもない。でも私が「ちゃんとしたニセ科学批判者だな」と思う人は(知識もあるのだけど)間違いに気づいたら素直に認めている。もちろん、こっそり修正するなんて姑息な真似はせずに。

でもって、私は基本的にはコピペの人なのだけどそのうち自分の得意な分野(バイテク系)の正しい知識を書いていきたいと思う。それは「劣った人びとを啓蒙」する意味ではなくて、書くことで誰かの役に立つのならば書いた方がいいと思うから。
そんな私は「リンクだけでもいいんだよ、賛意を表すだけでも大事なことなんだよ」と言われると少し救われた気分になる。

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面白いページを見つけたので紹介します。

議論パターン @翔ソフトウェア(Sho's)

【募集】ダメな人の議論(になってない)のパターンVer.1.2 @『digital ひえたろう』 編集長の日記★雑記★備忘録のコメント欄から飛ばせていただきました。

なんか、どこかで見たような例示が素晴らしいです。
これらの詭弁を全部使いこなすことができたら某A氏のようになれるのですね。
むしろ某A氏を観察して作ったのではないかと思うくらいの完璧さですね。

某掲示板でのすれ違いはA氏の才能もさることながら、特にA氏による「深読み」がすぎるのではないかと思います。
FSMさんの発言の意図を把握できないので自分なりに解釈し、その解釈を元に見当外れな批判を行う。
そして旗色がおかしいぞ?と思ってきたら「私は~の文章を~のように理解しました」という。自己解釈する前にFSMさんに聞けばいいのに。
深読みがすぎるってのは言った方がいいのか。でもあんなにいろんな人が深読みするなって助言をしているのに聞き入れない人が聞いてくれるとは思えないんだよなー。

ABO FANさんってすごいや!で書きたいことは書いたのでもういいですが、やっぱりABO FANさんに対する態度があんまりだと思う人が出てくるよなぁと思ったのでした。
論理的な正誤とは無関係に心理的な嫌悪感からニセ科学批判が忌避されてしまってはもったいないよなぁと思うのですが、難しいんですよね。私が某掲示板でお話ししてたら確実に切れてるでしょうし。

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議論について調べてたらいいページを見つけました。
いちおうオカルトに関して懐疑的肯定派さん(?)のページを見てたらちょうど「おおその通りです」と思うものがあったので貼っておきます。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/anti3.htm
私はおそらく懐疑的否定派なんだろうけどこの方とほとんど同じ意見です。
懐疑主義者の本って読めば読むほど否定的懐疑主義者になりがちだけどすごいなこの人。

以下気になったところ抜き出し。

>例外的な少数のデータを無視してもよい、という意味ではりませんよ
いろんなものをあらかた調べ尽くして特に生物学の分野では「革新的な研究」よりは「小さな差異」というのを細やかに調べていこうというのが主流なきがします。
もちろん世間様は「革新的な研究」のほうに食いつくのでそういう華やかなのができればいいんですが(研究費的に)そんな僥倖は滅多にないので99%の科学者は堅実な道を選んでます。堅実な道でも突き進み続ければ第一人者と呼ばれるようになるんだけどね。

>自分の信じたい仮説こそ疑え!!!!!
あ、はい、了解しました。
とはいっても霊の存在に関してはまだ仮説らしい仮説は持ってないんですが。

>これを全部守るのは、割と難しいとも言えましょう。
難しい。私も守れてないのがいくつかあると思います。反省せねば。


ちなみにもう一個。
心霊否定トピFAQ
追記:
というか思ったのだけど、特に動物工学の分野って少数の成功を取り上げているって感じ。
ま、あれはナシかアリの世界だからわかりやすいのかも。体細胞由来の羊のドリーもたしか400分の1ぐらいの確率じゃなかったかな?でも現物がいたしね。ドリーについても書きたいなぁ。
iPS細胞もちゃんと理解しておきたいし。
とりあえず体細胞クローンでもテロメアは短くならない。
壮年期以降に免疫系(?)疾患はどうしても起こるみたいだけど(5年前の知識だから間違ってるかも)

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元のコメント欄が長文に次ぐ長文で見にくくなってきたので分けます。


さらりと書いてあったので見逃しましたが
>haresoraさんが“個人的主観”で
>「証明されたこと」と「未証明の仮説」を同列に並べてはいけません。
>と考えるていることは自由

である
>が、それを他の回答者に強要することは知恵袋上ではできない
とおっしゃられていますが「科学的に考えて」本気で言っていますか?
もちろん科学を用いた回答以外に強要したことはありませんが、もし科学を用いるなら前提条件にも等しい当たり前のことですよ。


>つまり霊や霊界というテーマをオカルトとしてではなく、まるで当然のごとく現実的な存在として語るということです。
>その様に語ること自体に意味があるのです。


>従ってオカルトと見なされる説をそのまま主張の根拠とすることは出来ないので現行科学の言葉のみで説明をしています。
>そうでなければ否定派に限らず閲覧している中間派にも全く説得力を失います。


「まるで当然の如く現実的な存在として語る」ことと「現行の科学の言葉のみで説明」することは同じ意味ではありません。
>そうでなければ否定派に限らず閲覧している中間派にも全く説得力を失います。
そんなこと知ったことではありません。
「科学の言葉で語らなければ説得力を持たせられない」ことに問題があるのではありませんか?
「科学」は「説得力を持たせるための道具」ではありません。
また「説得力があれば真実である」わけでもありません。
このあたりは「スタンスの違い」かもしれませんが「科学を用いる者」としては不適当な態度であると思います。
科学の言葉で言い換えている時点で飛躍が起こっているのです。脚色も誇張もいけません。

「科学」の用語を用いるということは質問者さんに対して責任を取るということだけでなく「科学を使うすべての人」に対して責任を持つということですよ。
>そうでなければ否定派に限らず閲覧している中間派にも全く説得力を失います。
という言葉と
>現実には科学は我々の住んでいる世界の事象すらほとんど解明出来ていません。
という言葉をもって
>「科学的に証明されていない、科学的根拠がない、科学に反する、非科学的」
という否定意見を一顧だにせず切って捨てる態度はダブルスタンダードではありませんか?

これらにはすでに解決したはずの1~4に対する疑問が入っています。

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とても重要なことなので(この議論の核であると言ってもいい)返信にせず記事として独立させました。
この件に関してはこちらにコメントをいただけると助かります。
また、なるべくなら疑問は一つずつ解消していきましょう。拡散するとお互いに収集するのが大変になります。



申し訳ありませんが、

>>A(根拠):最新の物理理論では宇宙は多重次元構造であり異次元世界が3次元世界に重なる様に存在しているのではないかという説が有力視されています。
>>B(仮説):霊が存在しているのは異次元であり一見同一の空間に存在している様に見えても文字通りこの世の存在ではないからです。
>>(AであるならばBが成り立ちうる)この理論は霊界の世界観とも完全に一致しています。


に対してAすらも仮説であるとおっしゃいましたね。
確かにAは現行科学と矛盾しない理論ですね。
それに関して以下にコメントしてあります。
「用語の確認」のコメント「用語の摺り合わせは大切ですね」に返答をしていますが見ていただけていますでしょうか。

《以下引用》
cecilさんの仮説(主張)の違和感は先ほどコメントでも示しましたが、cecilさんの仮説は前提として余剰次元があったと「仮定」し(これは観測結果などからも可能性は高いと考えられていますね)、その余剰次元が三次元世界を覆うように、三次元世界を内包する形で存在すると「仮定」し、霊がその余剰次元に存在すると「仮定」した場合において成り立ちます。
そして、前二つの「仮定」が真であったとしても最後の「仮定」が成り立つとは限りません。
これはこの用語のなかでいえば「帰納法」でありもっと言えば「アブダクション」だと考えられます。帰納的でいけないわけではありません。仮説は個別の事象から一般則を見出すために立てられることが多いですね。
では、この仮説は「何が証明されれば」あるいは「どんな方法を用いれば」証明できるのでしょうか。私が「cecilさんの仮説は理論物理学的な命題ではない」と考えているのは実はそこがわからないからです。
私が「理解した」理論物理学の命題には現在証明されているものからされていないものも全部含めて「何が」確認されれば証明できるというものがあります。しかしcecilさんの仮説にはそれはありません。あるようには見えますが。
《引用終了》

また、cecilさんがご提示された知恵袋の回答も拝見しました。
そこから以下のように証明要件を抜き出しました。

【前提条件】霊というものが存在する
【前提条件を成り立たせるためには】霊が実在するとすると自然の摂理を曲げなければならなくなり、逆に自然の摂理が普遍的で絶対的なものであるとするならばやはり霊など存在しないと結論されます。
しかし「死後の世界」が実在するならば物理科学との整合性のある何らかの新たな理論を導入しなければなりません。
【仮説A】その理論によれば霊界はどこか遠くに存在しているのではなく下位の次元(この世=3次元)を上位の次元(あの世=霊界)が包み込んで存在しているとしています。
【仮説B】(Aが成り立つならば)前提条件が成り立つ。

このコメントの中で私はAは仮説でありBは仮説であるとしています。
これはcecilさんの主張とも一致しますね。
しかしcecilさんは
>>AならばBであることに「矛盾はない」が、「Aであることが確認されてもBだとは言えない」と私は言っています。
という私の発言に対して結局、明確な返答を行っていません。ただ言葉を言い換えただけ、もっというならばAならばBにいたるまでの思考過程を見せただけです。
「Aが成り立ってもBとは言えない」
しかし
「Aを抜かしてBだけを証明することはできない」
ということを言いました。
私が聞きたいのは前提条件を成り立たせるためにどうすればいいかの思考過程ではなく、Bを成り立たせるためのA(Aで成り立たないのなら他の根拠)はなんでしょうかということです。


と、いうか、RS理論は「有力視」されているのですか?
物理学者と一般人との「温度差」がとても気になるのですが。

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