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日常に潜む疑似科学的なことをメインに食指の動く方にのらりくらりと書いていく雑記です。
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先に書いておこう。私はtittonさんの主張に同意するつもりは一切ない。
コメント欄の内容は全面的にNATROMさんに同意する。


私もニセ科学批判者の例に漏れずに一連の水伝関連のエントリを読んでました。
以下はNATROMさんのところでのtittonさんのコメント。

しかし最近の疑似科学批判はそういう方向ではない。そんなとっくに否定済みのことをろくに調べもせずに口にするな、と言う乱暴な批判が多い。つまり無知な人間は無知でなくなるまで発言するなと言う方向だ。他ならぬあなたも俺に対して「無知だ」から始まっているよね。この議論の中でも何度となくあなたはそういっている。ちゃんと勉強してから来い、と。

「水からの伝言」は科学を自称していないから疑似科学ではない?(NATROMの日記)コメント欄


tittonさんの噛みついている方向はまったく見当違いなうえに言われても直さないんだから仕方ないよな、と思うものの、前後のコメントを見なければこのフレーズに思わず頷いてしまう人もいるのではないかと思う。
特に、私のように知識は足りないんだけど何か言いたいと思っている人は。
この書き込み内容が真実である必要はなくて、問題は議論や批判を見た通りすがりの人が「そのように感じる」ことが重要だったりする。で、私は思ったことがある。
怖いから突っ込めないんだよね。
ああいう人たちの扱われ方を見てると、知識が足りないとボコられる、1回失敗したらもう終わり、みたいな印象をどうしても抱いてしまう。

実際には知識が足りないのを指摘されても勉強しようとせず、お前の受け取り方が間違っている(=認識力が低い)、お前の書き方が悪いとか言っちゃう人たちがアレなんですけどね。
でも、ああはならないように反面教師にさせてもらっているけど、自分がああならないとは限らないし、ああなった場合に自分の評価が取り返し不可能になってしまったら怖い。そうなんだよねー世間体を気にしちゃうんですよねー。

それでも


そういう批判の仕方は疑問を持つこと自体を否定するもので健全な批判ではない。したがって健全性を阻害しているのはあなたの方だ。


とは思わない。
自分が足りてないと思えばもっと勉強したらいいじゃない。
無知を楯にとって自分を正当化することは恥ずかしいことなんだよ。
議論の健全性を阻害しているのは無知だから仕方ないだろと開き直る方。



んー。でもどうすべきなんだろうか。
私がやってきたような試行錯誤はもうとっくに試され尽くしている気がする。
少なくとも、相手の領域(ブログ)に行って批判するときには相手のレベルに合わせてあげる配慮は必要で、その配慮は完全かはわからないけどされていると思う。ニセ科学についてはネット上に比較的平易で良質なFAQがたくさんあるので。

問題は自分の領域(ブログ)に入ってきたときの対処法なのかな。
私が怖いと思ったのもkikulogだったりその他のニセ科学批判者さんのブログだったりするので。あとはfinalventさんの話かな。あれもfinalventさんの対処法が決定的に良くなかったのだけど、たぶん(文章量だけは)頑張っているfinalventさんを追い詰めるニセ科学批判者という図式が出来上がっていた気がする。そんでもって、あの結末に対して私は多くのニセ科学批判者と同程度の認識しか持っていないんだけど、一般的にはどう受け止められるんだろう。そういう一般の反応が一番大事なんじゃないかな。
1(少数)VS多数がいけないのかなぁ?
協力なんてものじゃなくて個々人で書きこんでるのはわかるんだけど、ニセ科学批判者はちゃんとコメントを読んで流れを把握する努力をする人たちなので指摘が重なることがあまりない。
そのせいで1(少数)VS多数に見えるんだよね。
でもってたいていは少数の方が圧倒的に知識が足りてないことが多いので寄ってたかって相手の困ることをしている、そんないじめの図式に見えるんじゃないかな。
何度も書くけど通りすがりの人にとって内容は(全然)重要じゃないんだよね。
形が大事。形式的に少数派が頑張ってて多数派が無理難題を押し付けているように「見えれば」多数派に嫌悪感を抱いてしまうんだと思う。

あと、そのレベルに合った人じゃなきゃコメントしちゃダメなの?とも思った。
確かにブログはブログ主のものだからコメント欄をどう扱おうとブログ主の勝手なんだろうけど、なんだろう、ニセ科学批判はいきなりハードルが高いというか、そのレベルまでのものはすべて淘汰されてしまったのか、というそんな印象を漠然と抱いた覚えがある。
とってもオープンなのに排他的、そんな感じかな。


うーん。


あ、でもkikulogでもABO FANさんの扱われ方は見てて平気だったなぁ。たぶん、批判されている側をどれだけ知っているか、も感じ方に含まれているからだと思う。
通りすがりさんの印象をどれだけ良くするかが重要なんだよね。

少なくとも私は議論について「また戦いなの?」とかそういう反応をされたことが何回もあるので、批判自体が(内容の良し悪しは別として)そもそも嫌われる 風潮にあることを知ってます。それでも、畑の雑草はまた生えてくるんだから抜かなくていいなんてことは全然思わないので、ニセ科学批判を止めようとは思わ ない。


うーん。。。



ニセ科学に詳しくない私は所詮、新しい、有益な方法なり視点なりを提供することはできないんだなぁ。
もう何周目で議論されつくしたことなのかもしれないけど、とりあえず自分が体験した違和感というのを表明しておくのは悪いことではないようなので書いておくことにする。


そういえばそういう、通りすがりの知らない人のFAQのためにこのブログを作ったんだった…。
もう少ししたら頑張ろう。

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なんだろう、これって過去の流行りなのかと思っていたけど、もしかして最近の流行りなの???
定期的にこれに関するアクセスがあるのでまたちょっと調べてみました。
詳しくは
吐く息でわかる人間の感情をどうぞ。

アク解から飛んだらちょうど2番目に表示されていたのでちょっと引用してきました。
毒を吐く?(営業リレーブログ)から。強調は引用者による。

息の研究をしている国があると本で読んだ事があります。人の息を急速に冷凍する事で結晶にしその成分を調べて息の研究をしているそうです。面白い研究結果 があります。ストレスの溜まった人の溜息ほど猛毒だという研究結果があるそうです。健康な息は無色透明に対し、ストレスの息はドス黒く黄色みかかった色を しているそうです。その成分を取り出しラット(ねずみ)に注射をしたところ瞬く間に死んでしまったそうです。(中略)また、逆に水の結晶にプラスの言葉を投げかけると綺麗な結晶になり、マイナスな言葉を投げかけると水の結晶は崩れた結晶になるという研 究結果もあるそうです。(中略)今回の件はプラスとマイナスの影響を科学的に証明している例だと思います

研究って言ったり、科学的に証明されていると言ったりしているけど、一切ソースを出さないんですよね。
これって何の本なんでしょう?もしご存知なら教えていただけるとありがたいです。
見てわかるとおり、これは水伝とすごく相性が良い言説なのです。
で、この文章を書いた方はどちらも科学的に証明されていると言っています。

証明、されていませんよね?
水伝は科学的に間違いであることが指摘されていますし、怒っているときの息に毒が含まれるということは実証されていません。されてません…よね?少なくともそんな事実があったら義務教育の中で習わないわけがないです。だって危険だか。他人に危害を加えることばっかり心配されてるけど、毒を吐いて一番危ないのは毒を吐いてる本人ですよ?

で、結局、このお話を信じたのは科学的根拠があったからでしょうか?それとも単純にいい話だったからでしょうか?
私は「科学的根拠のあるいい話だから」だと思います。
つまり、どっちが欠けても成り立たない。
が、実際はどうかわからないのでトラックバックを送ってみたいと思います。
ああ、成功するといいなぁ。

ポイントは2点です。
①科学的根拠がなくても紹介していたか?
②科学的根拠がない(水伝に至っては嘘である)とわかってどう思ったか。それでも誰かに伝えたいと感じたか。
番外:読んだ本のタイトルを覚えていたら教えてください。

たぶん、いい話だったのでみんなに教えてあげたかっただけなんだと思います。
私も自分が心を動かされた話は誰かに話したいと思うので。


最後に。
Elmer GatesのHPです。
私はとりあえず読んでません。すごくリンクが多くてどう探したらいいか分からないヨー。

余談:
「毒 息 マウス」では私のサイトが上位に来ましたが「毒 息 ラット」では来ませんでした(笑)
そりゃそうだ。だってマウスとラットって全然別ものだもの。共通点はネズミであるってことぐらい?
尻尾を含めなければ
マウスは体長10 cm程度、ラットは体長30 cm程度だと思います。
学生実験で両方とも触ったことありますが、覚えてるのは卵巣取ってきたことと精巣取ってきたこととラットの尻尾を切るのがすごく嫌だったことぐらいです。
というわけでラットも検索語に含めておこうかな(笑)


追記:
水伝とか呼気に毒が~とか、とにかく疑似科学に怒りを覚えるのは変に科学的な書き方をしているからかもしれません。そういう実験とか一切なかったらきっとスルーしてるだろうなぁ。

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私の主観的な判断方法なので一般化できるとは思ってないんですが、最近Watchサイトが増えてまして、それらとその他のブログを見ていて思った感想のようなものです。

実は私、あれからRSS配信をするようになったのでブログ主が細々と記事を訂正するたびに同じ記事でも配信され直すんですね。ありがたいです。
私もたびたび過去の記事を細々と修正したり追記したりしているのでそういうことをするな、といいたいわけではないのです。
ただ、見比べていると一切断ることなくどんどん修正していって「あれ?どこが変わってるかわからないけど配信されてくるなぁ」ってのがいくつかあるのです。
で、前の版を保存しておいて比べてみると言い回しが違ったり微妙に突っ込みポイントがなくなってたり、すごいのになると前はそんなこと言ってなかったじゃん!っていう大事な主張が付けくわってたりするのです。おいおい…と。
そういう大事なことはちゃんと追記するのが筋じゃないかと思うわけです。
で、前の主張を直すんなら「考え直したらこの一文はなかったよね」って言うべきじゃないのかと。
そういうことしてると信用なくすよ?
ま、読者は私しかいないので大丈夫だと思いますが(苦笑)

というわけで、自己修正能力(他者への明言も含めて)の明示ができるかどうか、が私の判断基準の一つです。

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カテゴリ分けに超悩みましたがこれは血液型性格判断の話ではないので雑感にしました。

なにげにABO FANさんってすごいや!から続いています。

某ABO FAN氏のコメントを見ていたら十二国記の図南の翼を思い出したのでちょっと長いけど引用してみる。
ちなみに「心理学者と同じ方法を用いています」というようなコメントです。

時系列順に必要なところだけ抜き取ってるので少し意味が通らないかも。

黄海に入り、煮炊きをしていたところに妖魔の襲撃があり数人が犠牲になった。

『頑丘は火が危ないことを知っていたのに、教えなかった(中略)頑丘は黄海の専門家(なのに)』
「火は危ない。だが、それが必要なこともあるんだ。なまじ危ないからよせ、などと言ってみろ、次には必要があって使うときにも、やめろだ何だと騒ぐに決まっている。そもそもそれさえ知らないような素人が、黄海に入ること自体が無茶なんだ。俺は確かにお前に雇われちゃいるが、ここにいる人間の全部の無謀のつけを払ってやる気はないからな」

(中略)

『室さんと聯さん。特に室さんって、妙な人だわ』
(中略)
『だって今もほら、同じように倒木のそばに天幕を張ってるじゃない?あの人、必ずあたしたちの真似をするのよね』
「そのほうが安全だと思ってるんじゃないかな」
『それは分かるけど。でも、室さんの集まりなんて、随従だけでも四十人からいるんじゃない。あんな大所帯が、あたしたち三人の真似をしてどうするのかしら』
珠晶は賑やかな(室)季和たちの一行を見やる。頑丘がこの場を野営地に選んだのは分かる。常にこうやって物陰に隠れるようにして野営地を定めるのだ。だが、さすがに季和の一行は、大人数なだけに隠れるも何もない。
「そうだねえ……」
『訊けばいいと思うの。この大所帯をどうすればいいんだ、って頑丘なり剛氏なり誰かに。でも、室さんって、常にこっちの動きを気にして真似をするくせに、絶対にどうしよう、なんて訊いてこないのよね』
「珠晶なら訊くかい?」
『もちろんよ。慣れた人のほうが、どうすればいいのか、分かってるに決まってるもの。黄朱はみんな少人数の旅だけど、大人数がどうすればいいか、知らないわけじゃないと思うの』
(中略)
「だから、訊けば教えてくれるわけだ、剛氏たちも。私もどこかの州師から来たって人たちが剛氏に道を訊いているのを見かけたよ。室さんは訊かない。聯さんも訊かない」
『……そういうことになるわね』
「頑丘は秘密にしたいわけじゃないと思うよ。訊く気のない人に言うのが嫌なんだよ」
『それ、教えてくれ、って乞われるまで教えないってことでしょ?だったらやっぱり、勿体をつけてる、って言わない?』
「少し違う気がするけどね」

(中略)

道中の沼には人を咬む蛭がいる。だから皮で足を保護して渡らないと痛い思いをする。室さんの随従も怪我をした。

『室さんはどうして、剛氏にどうやって渡ればいいか訊かなかったの?』
珠晶が言うと、季和は驚いたように瞬いた。
「いや、もちろん、剛氏たちが布や皮を足に巻いていたのは知っていたよ。だから、こちらも見よう見まねで布で覆ったのだけど、なにしろ剛氏の持ってるような、あんな皮の帯なんてのはそもそも用意してなかった。それで怪我人を出してしまったわけだけどね」
(中略)
『あたしなら、頑丘よりも黄海に詳しい人がここにいたら、その人にどうすれば安全に旅をすることができるのか、訊くわ』
「教えてくれないんだよ、剛氏は」
(中略)
「訊くだけなら、それとなく家生(使用人)に訊かせてみたよ。けれども剛氏の言うことは要領を得ない。(中略)まあ、剛氏の気持ちも分かるがね。誰もが黄海を行く智恵を身につけてしまえば、剛氏の値打ちは下がる。商売はあがったりだ。こう言っちゃあ何だが、剛氏はね、我々のような素人が横で多少苦労してくれないと、主人に対して面目をなくすのさ。誰もが造作もなく蓬山に行って帰ってきたんじゃ、主人だって残りの半金を払い渋るだろう」
『そういうものかしら』
「珠晶には汚らわしく見えるかもしれないが、それが商売というものだよ」

(中略)

道を塞ぐように木が倒されていた。どうやらその先に妖魔がいるため迂回しなければいけない。また人の気配や血の臭い、焚き火は妖魔を呼び寄せる可能性があったため煮炊きは禁止された。しかし馬車や荷を捨てることを嫌った室さんは倒木を除けて突き進んだ。

『火は焚かないほうがいいって』
珠晶は止めたけれども、季和は驚いたようにするばかり。
「火がないと、何も食べられない」
『でも、剛氏たちが焚き火はするなって言ってたでしょ?倒木を超える前』
「もう私たちはあそこを越えてしまっているんだよ」
驚いたようにされて、珠晶のほうが目を丸くしてしまった。
道の先に妖魔がいる。(中略)人の気配や焚き火や、血の臭いがその妖魔を呼んでしまうかもしれないから。だったらその妖魔に近づいている今、同じようにしなくてどうするのだろう。
『あれは――あそこでは、倒木の下の、あの場所では煮炊きをするな、という意味じゃないのよ。火は危険なの。だから』
「火が危険?」
『だから剛氏はあんなに火を小さくして、すぐに消していたじゃない』
「もちろん、すぐに消すとも、珠晶」
『でも、こんなところで――』
季和は馬車を道沿いの木の下に停めている。それにさしかけるようにした天幕は、広くなったその場所に完全に露出しており、そこから少し離れた場所に焚いた火は、光を遮るものがない。それは剛氏たちがするように木の枝で囲まれていたけれども、そうやって囲うことに何の意味があるのか分からなかった。
ああも頑丘が気をつけていれば、説明されなくても意図は明らかだ。木の下に寝るのは、梢が明かりや人や騎獣の姿を隠してくれるからだ。特に妖鳥(空を飛ぶ妖魔)の目を遮るため。だから隠してくれる枝が高い位置にあれば、縄で枝を引き下ろしてでも軒を作った。焚き火の周りに枝を置くのは、火の明かりができる限り見えないようにするため、いくら焚き火の周囲を囲っても、露天で焚いていたのでは意味がない。
『室さん、焚き火の周りの枝は……』
季和は先を遮った。
「ああ、あれか。珠晶は見ていなかったかい?珠晶のところの猟尸師もああしていただろう。風避けだろうか、それとも何かの呪いだろうかね。猟尸師は妙なことをする。(しかし)ああする以上は、何か意味があるんだろうね」
この男は、と珠晶は愕然とした。剛氏の後をついて歩いて、いろんなことを真似しながら、どうして剛氏がそんなことをしているのか、理由や目的を何一つ考えていないのだ。ただ、やみくもに真似さえすれば安全なのだと思っている
『室さん、お願いよ、あれを消して』
(中略)
『黄朱が火を消すのは、火が危険だからよ。妖魔は、焚き火があれば、そこに人がいるんだってことを知っているの。焚き火を目掛けてやってくるのよ……!』
季和は目をまんまるに見開いた。ぽかんと口を開けて、それから大声を上げる。
「――火を消せ!すぐに消しなさい!!」
(中略)
周囲が真っ暗になり不安になった者が季和の元に集まった。

『大きな木の下なら(焚き火をしても)大丈夫よ。できるだけ葉の繁った、しかも低いところに枝のある木を選んでその下で――』
「冗談じゃない」
季和は恐ろしいことを聞いたように震え上がった。
「妖魔は焚き火を目掛けてくるのだろう?」
『そうよ。だから、木の下で、小さく焚いて、見えないように枝で囲って――』
「そんなことで火の明かりが遮られるわけがないじゃないか!」
『でも』
「枝を通しても明かりは見えるのじゃないかね。それでなくても妖魔は夜目が利くのだろう?だめだ、だめだ、火は絶対に焚くんじゃない」
『それじゃあかえってあたりが見えなくて危険だわ。今夜みたいに月の光がないときには、寝場所から離したところに一晩じゅう火を焚いておくのよ。上に枝を被せて、消えないよう、燃えすぎないようにしておくの』
「あたりが見えるということは、あたりからだって火が見えるということじゃないか」
『そうなんだけど』
「ということは、みすみす妖魔に襲ってくれと言うようなものじゃないか」
『だから寝場所からは離して――』
「だめだ。そんな危険は御免だよ、私は」
珠晶は懸命に説明しようとしたが、季和は火を目掛けて妖魔が来るのだ、という考えに取り憑かれたようで、まったく聞く耳を持たなかった。
『呆れた。……何て分からず屋なの』
強調は引用者による。また、(括弧)の中および斜体は引用者による補足。

以下のように置き換えると理解しやすいかな?
黄海=研究対象
火=方法(統計)?ちょっと置き換えが難しい。
室さん=A氏
珠晶=『』のセリフ=論者のみなさん
黄朱=科学者・研究者
剛氏=心理学者
頑丘=猟尸師=物理学者

本当に書きたかったのは強調部分だけなんですが、そこだけだと伝わらないので必要な部分をいろいろ引っ張ってきました。
これは結構論じなければただの転載になってしまうのですが、正直語ることはありません。
ABO FANさん用:Interdisciplinaryな掲示板を読めば理解できると思います。ああ、でもそれは負担が大きいなぁ。
たぶん、ほとんどの人が『呆れた。……何て分からず屋なの』と思ってるし『いろんなことを真似しながら、どうして剛氏(=心理学者)がそんなことをしているのか、理由や目的を何一つ考えていないのだ』と思ってることでしょう。理由や目的が一番大事なのにね。
おそらく氏は『ただ、やみくもに真似さえすれば安全(=正しい)なのだと思っている。』のでしょう。
だからそれは安全じゃない、正しくないという人の言い分が理解できないのだと思います。
氏は室さんのように火を捨てなかったけど、たぶん火の使い方を理解していないから妖魔を呼び寄せてるんだと思う(笑)今はまだ心理学者の真似さえすればそれでいいんだと思ってるんだしね。


十二国記は超おすすめなのでぜひ読んでください。と宣伝してみる。
特に図南の翼は大好きな話なのでもう数十回読んでます。これを読むと今まで小生意気な!と思っていた人でも珠晶が好きになるはず(笑)
というか、今日本屋さんで講談社文庫版の十二国記を手に取ってみたのですがもう二十刷まで行ってるのですね!すごい!でも私は山田章博さんの挿絵が好きなので講談社x文庫(ホワイトハート)派です。
でも図南はアニメにはなってないんだよねぇ。残念だ。

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hadoさんの科学的でなくても証明はできる@Love&Thanksを読みました。
ええ、昔からよく拝見させていただいているブログです。

何か違和感があるのだけど論理的に突っ込めないので感想文みたいになって申し訳ないのですが書いておきます。

まず、何かを証明するのに必ずしも科学は必要ありません。
しかし科学において証明は必ず必要です。
hadoさんはこれらを混同しているように見受けられます。
事件における現場不在証明と過去生(前世)とでは求められている証明の性質もレベルも違います。
それらをいっしょくたに語ってはダメでしょう。
過去生の証明に関しては明らかに科学の領域に入っています。科学の領域に入っているものは科学的な証明をしなければ認められません。
いえ、他にも方法はあります。
科学的な記述を一切行わないことです。
この二つ以外の選択はありません。
なぜなら、科学的でない根拠をもって証明し科学的であると主張するのはルール違反ですし、科学的な根拠をもって証明して科学的でないと主張する人は普通はいません。

これを図に表すと以下のようになります。

根拠\主張 科学的である 科学的でない
科学的である A B
科学的でない C D
科学的でないとは科学的である必要はないという意味で、科学的であってはいけないという意味ではもちろんありません。

A:科学的な証明
B:一般的に行われない。科学的な根拠を提示したら普通は科学的な主張(A)をする
C:邪道。一般的に疑似科学といわれる
D:一般的な証明

ちなみに誤解を与えかねないので書いておきますがAはDに含まれます。
しかしAとDでは求められている性質(科学的)も違うしレベル(精度)も違います。
Dのレベルが求められるもの対してAのレベルの証明を行ってみせるのは証明として十分であっても、Aのレベルが求められるものに対してDのレベルの証明を行う(いわゆるC)だけでは証明として不十分です。
過去生に求められる証明のレベルはAだと考えています。
そして現段階ではある事実が提示されていると認めることはできても証明できているとまでは言えないと思っています。


他にも、科学的でないから根拠がないと言ってるのではなく(科学的)根拠がないから科学的でないと言ってるんだ、とか原理はわからなくてもいい、とかありますがそのへんは私の違和感の正体ではないので今回は言及しません。
原理はわからなくてもいい、について批判をするのならば「いかにして問題」に逃げないこと@Skepticism is beautifulが良いと思います。私も「いかにして?」と聞くことがあります。とても簡単なのですよね(苦笑)ただ、最近はそこだけにこだわらないように気をつけています。「いかにして?」という問いは相手を負かすことには有効でも理解を深めるためには有効じゃない場合が多いからです。

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